成熟市場で求められること

流通業のアイデンティティ確立を

 その国の経済の在り方は、近代以前の歴史や、長く培ってきた文化にも深く根差している。
 日本の近世、武士はただ士農工商の一番上に君臨していただけではなかった。定期的に領内の田畑を見回り、農作物の出来具合を観察し、その生産力を向上させるために知恵を絞った。
 そのための治山治水、灌漑工事を始め、冷害に強い稲の研究など幅広い分野に目を光らせ、自ら企画・推進した。
 明治維新以降は、この武士の役目を官僚が引き受けた。富国強兵、殖産興業のスローガンのもと、官僚は武士が田畑を見回ったように、工業について常に今後の方向性を見定め、成長具合を観察しながら望むべき方向に誘導した。この伝統は戦後も同様に引き継がれた。官僚が産業の進むべき方向性を定め、法体系や税制など環境を整備する。こうした中で戦後経済の復興と発展が実現したのである。
 そして、この歴史を通じて無視され、また押さえられてきたのが商業=流通である。
 江戸時代、商人は士農工商の最下層であった。近世末期には市場経済が封建体制を崩すエネルギーになったと言われるが、商人の社会的地位は相変わらず低かった。
 近代に入って身分制度は撤廃されたが、重視されたのは外貨を稼ぐことが出来る製造業であり、国内の流通業は置き忘れられた。
 このため、いまだに流通業は、わが囲の経済の中で最も遅れた分野のひとつになっている。
 この製造業重視の姿勢は現在においても変化がないように思う。
 そして官僚が民間を指導してきたように、製造業が流通の各段階に細かく口を挟むという伝統も定着している。
 江戸時代の武士が領内の田畑を見回ったようにメーカーがマーケティングにもとずき製品の販売計画を立て、それを実現するための諸施策を策定する。
 そして多くの日本人は、この伝統に疑問を感じない。メーカーが販売計画を立て、実行に移すのは当然のことであり、もし、これを無視したら成功は不可能だと思い込んでいる。
 しかし、大量生産・大量消費の時代が過ぎ去った今、果たしてメーカーが個別・重層的な各市場に対して最適な政売戦略を策定できるのだろうか。日本の国土面積に変化はないが消費者のマインド把握が重要な成熟したマーケットの中で、メーカーと市場との距離はすでに遠くなっているのである。
 一方、米国市場では製造業と流通業がそれぞれ独立して、その役割を果たしている。
 メーカーの役割は競争力ある商品の開発であり、流通業の役割はマーケティングに基づく販売戦略の策定から、具体的な販売促進活動である。もちろんメーカーもマーケティングは実施するが、これは製品開発に生かすためのものだ。このほかメーカーが行うのは流通を支援するための最終ユーザーに対するPR活動である。
 米国メーカーの記者会見に出席すると、日本人記者は必ずメーカーに販売戦略を質問する。例えばチヤネル別の販売計画など日本企業の記者会見なら当然の質問だと思えるが、米国メーカーは「この分野は流通の仕事でメーカーは答えるべきでない」と認識している。そこで新製品の発表会にはメーカーと流通業者(商社、大規模小売店など)が同席し、製品への質問はメーカーが答え、販売については流通業者が答えるのが通常だ。
 米国ではメーカーと流通業者の分業が進んでいるのに対し、日本ではメーカーが流通段階の戦略にも関係している。これは日米の文化の違いに属することで、どちらが良いとは言えないと思う。ただし、こうした企業文化の差異が日米摩擦の要因のひとつになっていることも事実であろう。
 さらに経済の高度成長期には効率的に作用した、この日本的システムは「今後の成熟市場の競争激化の中で有効であり続けることが出来るか?」ということも考えなくてはならない。現場サイドのマーケティング能力・企画力の著しい貧困、ユーザーへのアプローチの不足、商品力に頼った販売方法などシステムの「負の部分」が大きくなっているのだ。
 流通とは単に商品を販売するビジネスではない。サービスをシステム化して顧客に提供する仕事であり、その過程の中で結果として商品が売れるのである。
 今こそ、流通業のアイデンティティを確立し、その役割を担える企業への変革を急ぐべきではなかろうか。
(編集長 白柳孝夫)