市場がオープンであるということ

活力ある市場がオープンな市場の条件

 米国大統領選挙が終り、新年度が始まると、そろそろ日米協議の季節となる。
 レーガン大統領が提案したMOSS協議、ブッシュ大統領の日米構造協議、クリントン大統領の日米包括経済協議と大統領が変るたびに新しい「日米協議」に枠組みが決まる。
 今回はクリントン大統領が再選されたが、4月25日にワシントンで開催された橋本首相との日米首脳会談で、6月に日本の規制緩和に関する新たな協議の場を設けることが合意された。
 日米協議は自動車に関するものでも1975年から20年以上も続いている。しかし、これが「生産的な議論であったか」については大いに疑問と言わざるを得ない。
 双方の議論が噛合わないまま、延々と続けて来たのが実態で、果たしていかなるメリットがあったのか。日本側は米国が提案してくるので仕方無く協議に応じ、米国側の強硬姿勢は次の中間選挙を控えた国内向けの「点数稼ぎ」ではないかと疑い続けてきた。
 一方、米国は自分達の提案に対し、日本側から見当違いの返答が返ってくるのに驚き、焦り、最後は不本意ながら強引な「結果主義」を求め、日本側から大きな反発を買うこととなる。
 おそらく日米摩搾は「翻訳摩襟」によることが大きいのではなかろうか。この場合、日本語と英語の差が問題なのではなく、一つの言葉に対して朝方が同じイメージを持っていないため議論が噛み合わないのが問題なのだ。
 例えばキーワードである「市場がオープン」という言葉についてはどうだろう。米国側は日本の市場が閉鎖的であると主張、日本側は開かれているという。この議論はいつまでも平行線だ。
 事実、日本側には「市場を閉ざす」意図はなく、当然ながら、その自覚もない。日本側は米国側が「市場がオープン」という場合、どのようなイメージを持っているのか理解できずにいる。
 日本人は市場を限られたパイと考える。米国側が市場への参入を望むのは「その分け前をよこせ」という意味にとらえがちだ。これは狭隘な国土しか持たない日本人独特の感性かも知れない。
 事実、限られたパイを巡る市場競争は、新規参入者には殆ど勝ち目がないほど過酷な消耗戦となっ
ている。
 一方、広大な国土を持つ米国の市場観は「開拓型」だ。
 市場がオープンであるとは創意・工夫、さらに努力により「新規需要を創造できる状態」になっている事を意味する。
 固定的で完成している市場、あるいは拡大の余地がない閉塞市場では、その市場で長く商売している者の勝ちである。
 「市場がオープンである」ということは、関税の税率とも関係がないし、海外サプライヤーに対し国内業者のコンタクトポイントを明確化することでも、外国製品に関する消費者の認知度向上に取組む事とも関係がない。
 消費者ニーズの変化に柔軟に対応し、自由に業態の変革が行われ、国内外の新規参入老でも活躍の余地がある「創造性の溢れる市場」であることだ。
 すなわち、活力ある市場こそがオープンな市場の条件を整えているのである。これは国内の業者に
とっても望ましい事であり、その恩恵を一番先に受けるのは、競争力のある国内の業者であることは
確実だ。
 こうした市場の状態を造るには、業界内の意識を前向きに、そして市場開拓型に変革していくことが重要である。さらに、政府の規制緩和推進はなお重要である。
(編集長 白柳孝夫)

▲今年も『外国貿易障害年次報告』(USTR)には日本の補修部品市場が取りあげられている。